「ところで、せっかく日本橋に来たので
タイメイけんに行こうと思うのですが
一緒にいかがですか?」
「私はこれから出ます故、行くことはかないませんが、この言葉をご存知ですか?」
「それは何ですか?」
「いえ、有名な言葉です。灯台下暗し。」
「ええ、その言葉なら存じ上げてますよ。」
「タイメイけんのはす向かいに楽市楽座なる洋食屋があります。そこへ行かれるがよい。」
「タイメイけんではなく・・・ですか?」
「日本橋といえばタイメイけんというイメージですが、私達日本橋で働くものからして
洋食といえば
楽市楽座がお勧めなのですよ。おいしいのに意外としられてないん
ですよね。」
「楽市楽座・・・・」
「えぇ、そうです。ここの
煮込みハンバーグときたら、もう・・・」
「ど、どうなんですか?」
「あっ時間だ・・・、先ずは行ってみて下さいな。それはもう、
おいしん坊ですよ!」
「あっ!いつもご拝見有難う御座います!」
よし、楽市楽座に行こう!
音も無く立ち去る取引先の客の背中を見つめながら、こう思うのであった・・。
ビルの下に群がる人だかりを追っていくとその先にはタイメイけんがでんと構える。
さすが、老舗。威風堂々たる面もちをあたりに撒き散らしている。
さて、そのはす向かいにあるは楽市楽座。ラーメン屋の2階にあり、少し分かりにくいところに
位置している。
店内はレンガ造りで少し居酒屋チックな印象を受ける。
シェフ帽子をかぶった長髪の髪を結った若くして一見頑固風な調理人が処狭しと厨房内を
駆け回る。そして、ウェイトレスから聞こえてくる声は「煮込み入りました!」が多い。
やはり名物なのだろう。早速オーダーしてみることにする。
私が頼んだのは「
チーズ煮込みハンバーグ270g、ライスは大盛り。」
そのとき店員の顔が引き締まったと感じられたのは私の思い過ごしだろうか?
「チーズ煮込み大・・・入りました!」
奥の厨房からは威勢のいい声がこだまする。
煮込みだけに少々時間がかかるであろう、先の打合せ内容をまとめながら待つことにした。
暫くすると後方から何やらくぐもった鈍い音が聞こえてくる。
ぐつぐつと私の目の前に現れるはチーズ煮こみハンバーグ!
ちょっとOL層を意識したこじゃれた容器にその勇姿を晒したのである。
ハンバーグが隠れるくらいデミグラスソースがかかっているその上には半熟玉子が乗っかり
それをとろ~りチーズがまるでアラスカの空のオーロラのように包み込んでいる。
箸で玉子をつぶすとデミグラスの赤にチーズの白、玉子の黄色が合わさり、土鍋という
キャンバスにに近代アートの抽象画が滲み出る。
柔らかな肉にソースとチーズと玉子をふんだんに絡めて頬張る。
この言いようの無い感動をもし今の時代に
古代ギリシャのソフィスト達がいたら何と
表現したのだろう?プラトンとアリストテレスに論争させてみたいと思うは傲慢か?
大盛りハンバーグを平らげ肉塊となった我が身を事務所に引きずってきたが、
満たされた腹と既に春を思わせる暖かい気候が私の睡眠を誘うのは言うまでも無い。
そう、その姿はまさに
寝込みハンバーグ!
寝ぼけてシャーペンを逆に持ち、押して出血!
血という名のデミグラスソース付き!さぁ召し上がれ!
☆3つ!